LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

「現実」という鏡 <337/365>

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※この日記は1年365日間、連続更新に挑戦中です。<継続>を誓って、今日で337日目。


自分自身を大切にするようになって、いちばん変化したことは、実は「経済面」なのではないかと、最近ふと、気づいたのであった。

ううむ、それは意外なようで当然のことだぞと思う。誰だって大切な人には相応に豊かに、安心して暮らしてほしいと思うものね。そのために仕事や生活を整えることは朝飯前なことだろう。

それにしても、以前のわたしにはそれが超難題だったのだ。安定のために仕事をするなんて、おいらのような社会不適合者には無理、難しすぎる、ていうか、意味わかんない。マイナスを取り戻すためとか、ご飯を食べる分だけお金がもらえたらもう充分だよぉー、と、本気で思っていたのだよね。今思えばそれは、わたしの「自尊心のなさ」の言い分だったのだと思う。そうして、心の不安定さを現実に反映させていたのだろう。

まさに、内にあるが如く外にも。
人はそうやって自らの現実を創っている。現実は自分自身の鏡だ。現実を変えたいと思うなら、自分自身が変わる必要がある。
変わるというのは「欠点を直す」とかそういうことじゃない。よくても悪くてもなんでもいいから「在るがままの自分」を観ようとすることだ。「在るがままの自分」にショックを受けたり拒絶したとしても、ショックを受けて拒絶する自分を在るがままに観るのだ。
意識のベクトルが外に向いている限り、現実はさらに色濃く、観るべき「内側」を反映させる。内なる真実と向き合うまで、ループは加速して映し出す。

現実は鏡。それはシンプルな愛のシステムだと思う。怖いけどさ、ほんとうの自分を観るのは怖いけれど、目を背けたいと思うけどさ、勇敢な僕らは、愛と真実としあわせに向かっていくしか道はないのさ。夜の暗闇を電光石火で駆け抜けて、お日様を迎えにいこうではないか。(わかる人にはわかる。ブルーハーツの世界観。笑)

わたしが逃げ出したかったのは、大雑把にいうと「責任」なのだと思う。
どんな自分もすべて引き受けて、ばっちり面倒をみて、しあわせにしていくのがわたしの仕事だ。腹を決めてしまうと誰のせいにもできない。言い訳もできない。
それでも、自分の足で立つのはなんとも気分がよいものだよ。お天道様とわたし。星空とわたし。地球とわたし。あなたとわたし。何も介することなく、自分の足で立つもの同士ダイレクトに語らえる。

そうして「経済面」が豊かになったのは、なんともうれしいことだ。わたしもようやく大人になったかな。よかったな。

ユリ:yurixlovemax@gmail.com