正しさより「本当」で生きる夏
待ちに待った梅雨明け。休日のいつもの街、目に映る光景も、すれちがう人たちも、アスファルトから立ち込める熱気も、夏に彩られている…ああ、大好きな夏がやって来たぜ、ベイベー!笑。
季節はただひたすらに繰り返し、日々も同じように繰り返し繰り返し流れて、パレードはどこまでも続いていくように錯覚する。そして生きることにウンザリしたりして。明日から仕事だな、行きたくないな、とか、暑いのは嫌だな、のんびりしたいな、海に行きたいな、だけど行けないな、ああコロナのバカバカ…などと思っている間に、全てはめまぐるしく変化していくのだ。取り戻すこともできないくらいに。そして、今、ここに生きているわたしはいつか、確実に死んでゆく。
「今この時」以外に確かなものはないもない。一寸先はわからない。この世界の無常さ、そして、無情さを思うとき、自分の中にある感覚のすべてをどこまでも自由に、解き放ち、全開にさせてあげたいと願う。
正しくなくていい。本当であればいい。本当で動き、本当を発現して、本当で響き合いたい。地面から天まで貫くくらいに。
世界よ、空気の一粒一粒よ、いつか会えなくなる人たちよ、街の匂い、晩ごはんの味、そう、どこまでも愛しく、かけがえがないすべてと、わたしは「本当」で溶け合いたいたい。夏の太陽と同じくらいに暑く、あまねく、限りなく。
そんなことを思った、2021年、夏のはじまり。
ユリ:yurixlovemax@gmail.com