LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

1人の人として「自分」をみる <167/365>

たった3時間働いただけでコテンパンになった本日。
わたし...弱ってんなぁ!
弱っているときも弱りながら挑む。
昨夜からいきなり顎関節症みたいな症状があって、物を噛んでいるときだけ右耳の付け根が超痛い。噛まなければ嘘みたいになんともない。ちょうどいいからくたくたに煮込んだスープをたくさん作って、数日間顎間接と胃腸をいたわろう。くわえてPMSが...もう全身とことんいたわっちゃる。覚悟しとけ。わたしの大いなる愛にしかと包まれるがよい、身体よ!

日々起こるいろいろなことに、わたしたちはこうして着々と「意味づけ」をしながら生きているんだなーと思った。
この世界に起こるすべての事象に「意味」はない。自分自身が「意味」をつけていく。
わたしは自分自身が、まっさらな世界に向って、無意識にどんな「意味」をつけているのか知っていたいと思う。

それは、「おかしな意味づけ」に気づいて「いい意味づけ」をするためではない。
自分をみるとき、ジャッジ、抑圧、矯正が含まれていたら、その行為は不幸の種でしかない。
わたしたちは、在るがままの自分自身をそのままみることが苦手だ。抵抗があるし、認めたくないし、怖かったりもする。コツを掴むと超シンプルなことなのに、、最初の一歩、「これか!」という手応えに辿りつくまで、ものすごい数の失敗や、積み重ねが必要だったりするのは、それが超大切なことだからだと思う。それぞれにとっても「宝の山」であるからだ。そうやすやすとたどり着けない設定になっているんじゃないかなーーと思う。

そういえば、自分と向き合うときのお気に入りのコツは「コントをみるようにみる」というやつだ。
爆笑系ではなく、じわーーっとくる系のやつね。東京03とか、ダウンタウンの昔のやつとか。
「おお、わたし今、ちょっと褒められたことがうれしくって、俄然はり切りだしたな...期待を裏切りたくないし、ガッカリされたくないと思ってがんばっちゃってるなー、で、つかれて空回りしてんなー、なんてかわいいやっちゃ!」くらいの感じでみる。

「自分自身をよくしなくては!」みたいなへんな責任感がないだろうか。
わたしにはバリバリそれがあった。
最近は、自分とは愛でるものだと思う。みつめ、理解し、可愛がり、いかにゴキゲンにしあわせにしてあげよう!?としか思わない。人生とは有限なのだ。今ここに生きている「わたし」という人との関わりも、そんなに長い時間は残っていない。どまんなかをやっていこう。