LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

永遠の「孤独」のおわり <46/365>

久々にベランダでお疲れさまのビールをのむ。
吹き抜けるビル風。むせ返るような夏の匂い。ほんとうに久しぶりでとってもうれしい。
どんなにときが流れても、時代が変わっても、同じようにやさしい夏の夕暮れ。
ふと、白粉花打ち水したアスファルトが放つ、なつかしい匂い鮮明によみがえったりする。子どもの頃...昭和の頃ね。
諸行無常...すべてが変わりゆくその中に、自分が生きている限りつづくあまーーい記憶たちがあるって、なんだかいいな。人生ってどこまでもやさしいなと思った。

それにしても、自分がこれまで生きた記憶とか、思ったこと、感じたことなどを全部知っているのは自分だけなんだよね。
そして、これから死ぬまでずっと、一緒に生きていくのも自分だけなのだ。
よく考えるとこれってすごいことじゃないか!腹をわって語り明かしたい相手は自分をおいてほかにいないだろう!
わたしは、わたしがいつもそばにいて、すべてみていて、分っていてくれる、絶対に味方でいてくれると知ったとき、大げさだけど宿命みたいに思っていた、ながいながい「孤独」が終わった。

「孤独」が怖いとか、嫌だとか、わたしはあんまり思ったことがなくて、一緒に生きる人がいることはうれしいことだけど「人は1人で生まれて1人で死ぬし、ほんとうに理解しあうことなんかぜったい無理だし」と思っているようなクールなレディだったのだ。その上「理解しあう」のハードルがむやみに高かったんだろうね。「ちゃんと完璧に分り合いたい。中途半端ならいらん!」という思いが強く、自分のことを人に話す気になれないところがあった。

このあたりは不思議なもので「わたしのことはわたしがぜーんぶわかっててくれる」と思うようになってからは、なんだか自分のことを人にシェアしたい気持ちが自然に出てきて、大切なところは案外分かり合えるじゃん!伝わるんじゃん!と気づいたのだった。

自分自身との関係が、すべての人間関係に映し出されるのだなーーと思う。
バシャールがいっているように、自分が変わると現実が変わるのではなくって、現実との関わり方、捉え方が変わるのだ。
その鍵が「自分との関わり方」、「自分自身の捉え方」ということなのだと実感する。

そう「孤独」について。
「人はみんな孤独な生きものなのだよ...フッ」などと気取ってたわたしでさえも、思えば自分の中にボッカリとあいた「スペース」を感じていたなーと今は思う。そしてそこが満たされたところからがボーナスタイムがはじまるのだ。
どこまでもどこまでも、限りなく自由だ。もう、どんなことが起こっても、どんな感情が出てきても、どんなことになってもOKで、今の自分をせいいっぱい生き、真心を尽くせばいいし、それがぜんぜんできなく「なにやっとるんじゃー」と思うこともステキ...!「自分自身」と一緒に生きる人生は、予想もしなかったくらい愛と希望と大冒険に満ちあふれてるよ!

 

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