LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

「どまんなか」から響く、自分自身へのラブコール! <41/365>

自分のまんなかにドーーンと響いて「よっしゃーー!!!」と思うことだけを、ひたすらにくり返して生きたい。
そんな欲求が、わたしの中で、日々日々強く大きく育っているなーーと感じている。

あいかわらず、感覚的極まる文章で、ほんとーーうにもうしわけない...!

わたしは最近、こういう自分の中の感覚を「伝わるかどうかわからないけど、自分がしっくりとくるところまで練りあげ、表現してみる」ということに挑みつづけている。日記でも、日常の中でもね。その挑戦はすごく楽しい。そして、楽しいこととは「もがき苦しむ」要素を含む。こう書くとマゾっぽいけれど。

「言葉は心を超えない」と飛鳥涼は歌っていた。
ミリオンヒットではあるが...果たしてほんとうなのだろうか!

どこまでできるかわからないけど、とにかく「伝えたい」「表現したい」という思いのまま、身のほどをかえりみずに挑む。そして「今のわたし、もはやここまでか...!」と実力を思い知る。そのプロセスのすべてが楽しい。楽しいけど、死ぬほど悔しい。できない自分を認めるのは苦しい。が、認めるしかあるまい...ただただ無念だ。

ああ、あまりにも未熟者な自分よ!こんなにも表現力がないとか、まじでありえないだろう!もっともっと、もーっとがんばれやーー!おりゃー!!と、自分自身にあらん限りのダメ出しを叫ぶのだった。不思議なことに、叫ぶほど、新たなる「やる気」が湧き上がってくる。こんなふうに、自給自足の「やる気」を体験するのは初めてのことだ。

さらに、生産される「やる気」の品質の素晴らしさには息をのむ。これは一体どうしたことだろう...!
「悔しさ」から生まれた反骨精神バリバリの荒けずりな「やる気」ではなく、正統な、希望の光を孕んだような、そこに触れたものの心に生きる勇気をあたえるタイプの「やる気」なのだ。

これまでわたしは「自分はダメだ!」と思うことは、自分の力とか可能性を否定して、自分自身を小さきものとして怖がって生きる原因になる「思い込み」だと思っていた。

今わたしに「お前はなんでそんなにダメなんじゃーー!」と叫んでくる源にあるものは、自分自身への愛と信頼だけだ。
「お前の無限の可能性は、わたしが知っている。お前はできる!必ず表現できる!だから立て!立つんだジョー!!」という、エールであり、最上級のラブコールだ。

ここまで書いて、わたしはずっとずっと求めていたものの正体はこれだったんだなーーと思った。
わたしの「本質」をわたし以上にいつも知っていてくれる存在。
わたしの「本質」がなにを望み、どこへ向えばいいのか、いつも一歩先から示してくれる存在。
わたしの「本質」だけをみて、1ミリの曇りもない信頼を、絶対的によせてくれる存在。

そう、その正体は、わたし自身なんだよね。それ以外に在りえなくて、幸せの青い鳥は自分の敷地内にいるし、探している眼鏡はすでにかけている。自作自演のお約束みたいなもの。

今日は、自分の「どまんなか」がやりたいことに、全力で挑戦すると、「どまんなか」からダメ出しがくるよ!そのダメ出しは自己否定じゃなくって、ラブコールだと気づいたよ!と書きたかった。そして、思いがけずプラスアルファあり...これだから、毎日更新はやめられない!