LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

「不安」の味わい方 <298/365>

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※この日記は1年365日間、連続更新に挑戦中です。<継続>を誓って、今日で298日目。


今日からしばらく、大切な連絡を待っているわたし。
お話し如何では、クルクルと高速で動かなくてはならないかも。なので、どーにも落ち着かない感覚がある。そわそわ…そわそわ。

しかーし、こんなときこそ、練習中の『全集中』を使うときなのであーる。
『魂の呼吸』壱ノ型 「真心」(まごころ)…笑。
これはすなわち、<今このとき>にしっかりと根ざして、目の前のすべてに「真心」を尽くすという技なのである。
余分なことが払われて、頭と心がクリアになる。そして、何が大切か。何をするか。優先順位などが見えやすくなる。要はグラウディング&センタリングね。

そんなことをしながら、今日もおだやかに日記を書いているのでありました。笑。


わたしたちは、不安になるとアドレナリンが出て、ドキドキ、もやもやしてくる。呼吸も浅くなるし、すっごく不快だ。
だから、一刻も早く不安を終わらせたいと思う。そわそわ。落ち着かない。

こういうのって、原始時代からの脳の機能なのらしい。
不安の原因…たとえば、森の中でガサガサ音がしたならば、外敵がきたのか、それとも風の仕業なのか、いち早く確かめないと命に関わる。だから、脳の指令で体が、落ち着いていられない状態になるのだ。そわそわ、そわそわとね。

「不安」は生存本能のようなもの。
もちろん、それ自体が悪いものなんかじゃないし、不安を感じる自分を弱い、未熟だ、などと思う必要はないのだ。
人である以上、みんな不安を感じるようにできているのだからね。仏陀だってキリストだって、きっともれなくそうだったはず。なんだか可愛いことだ。人って可愛い。

さて、冒頭で白状している通り、わたしはグラグラしてばかりの未熟者なのだけど「不安」などの感情に、あまり巻き込まれなくなったものだと思う。
それはひとえに『魂の呼吸』の鍛練の賜物だ…うそです。ごめんなさい。笑。
うそだけど、半分は本当。

実際は「どうやったら「感情」と自分自身の間に、ちょうどいい「距離」をつくれるだろう。どうやったら、ただ「感情」を眺め、深く味わい、楽しめるだろう」などと、自分をサンプルにして実験してみるようになってから、巻き込まれることがあっても、たちまちに自分で戻ってこられるようになってきたように思う。

「距離」がポイントだよ。

感情はたとえるなら、嵐のようなものだ。
昨夜、東京ではかなり雨風が強かったけれど、わたしは部屋の中で、窓を叩く雨音を安らかな気持ちで味わっていた。
それと同じように、穏やかにゆったりと眺め、味わえるところまで離れてみるとよいのだと思う。

さて、どうやって「距離」をとろうか。
明日はもう少し続きを書いてみるね!

ユリ:yurixlovemax@gmail.com