LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

絶対なるもの <67/365>

世の中はお盆休み中の人が多いのかな。
わたしもプチ夏休み中なので、日記もゆったりと書いていきたいと思う。

毎日一定のテンションとかクオリティーを保ちたいとか、その方がいいに違いないとか、たくさんあった自分の中の「決めごと」が、最近、根こそぎ、なりをひそめてしまった。嘘みたいに楽で、自由で、生きやすい。

「これでいいのか!?」とわたしの「思考」は囁く。
今の現状を受け入れて、満足してしまったら、進歩しなくなるんじゃないのか?
気がついたらただ、楽々に生きているだけで、何も掴めず、得られず、停滞、または堕落してしまうんじゃないの?

この囁きって、わたしの人生の中でずっとバックグラウンドに流れていたな。

人生とか、自分自身というのは、思いもよらないことになっていくものだ。
わたしはずっとそんなふうに思っていて、ギュッと強く手綱を握っていた。

あらゆる出来事は次々と「降りかかってくる」ような感覚があったし、自分自身はそこに巻き込まれて、あわあわとしてしまう。いつの間にか手綱をとられてしまい、人生は不本意な方向にどんどん進んでいってしまう。そんな怖れを感じていた。そう、生きることは、とんでもなく怖いことだと思っていた。

うんうん。今でもその思いはわたしの中にしーっかりと存在するよ。
無数にある、わたしの中の「習性」のひとつとして。
「生きるのやだよー怖いよーー」と限りなくびびりながら、ガチガチに防備して生き抜いてきた自分。まったくもってかわいいではないか!40年以上もそれをやりきったんだもの!もはや、誇らしくもあり、大切な宝物のひとつである。


「これでいいのだ!」と今のわたしは思う。

バシャールは言う。
「人生は降りかかるものではない。人生は必ず、あなたを通して出くる」と。

ああ、なるほど、と思いながら、

今、わたしの内側がとても凪いでいるのは、もしも現実の中で自分がまた「絶賛あわあわ状態」となったとしても、どっちでもいいよ!と思っているからだと思う。そうなったら存分にやれよ!と心から思う。

この先の人生で、自分がどんなことをしても、どんなことをしなかったとしても、
どんな選択をして、どうなったとしても、逆にどうにもならなかったとしても、
わたしの自分自身に対する愛と信頼は、1ミリたりとも揺らぐことはないと知っているからだ。

なんで知っているのか
それはよくわからないし、理由なんかないの。
ほんとうはずっとそうだったことを想い出した感じかも知れない。

嵐の日にもはるか上では、いつも太陽が照らしていることを想い出したみたいに。