LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

宇宙はそれを「愛」と呼ぶんじゃないか! <44/365>

人にはそれぞれ役割というか、生まれてきた理由だとか、「使命」があるんだと漠然と思っていた。
いつの日かそれに辿りつき、何か全体にドカーーンと貢献できるようになりたい、みんなのために尽くしたい...そうならなくてはならない!と思っていたことに気づく。

わたしはどれだけ自分きびしく、自分の気持ちや本質を理解しようとせず、今のまま、ありのままの自分の生きる姿を見ることもせず、キツキツな枠の中に閉じ込めようと、自分を貶め、引きずりまわしていたことか...教育ママかよ!

自分で創り上げたわけのわからない理想のわたし...たとえば、愛と歓びに満ちあふれ、いつも静かなる微笑を称え、ブッダのような広き心と叡智をもち、キリストのようにあらゆる人々を癒し、さらには行動力と決断力、勇気と統率力も必要だ...それってどこの誰なんだよ!って話である。

自分自身に冷たくされて、独りぼっちで泣いた夜、もうダメだと思うことは今まで何度でもあった...それでもたった独りでここまで生き抜いてきた自分よ!その健気なさよ!そして、今を生き続けている自分の懸命さ、たくましさよ!わたしはもう、命の限り自分自身をたたえ、いとおしみ、慈しみ、ただただ、しあわせにするためにすべてを捧げたいと思う...ていうか、それ以外になにができるというのだろう!

今日はいろいろなことに気づいて、書きたことがたくさんあったのだけど、気づいたら自分自身へ熱いラブコールを叫んでいた。

そう、使命とか役割とかね。
全体のために貢献しなくちゃいけないと思っていた頃は、根本的にすごーーーく独りきりだった。
自分自身でなにもかもを考えて、決めて、生きていかなくてはいけない気がして、いつも緊張感があったし、いつも怖かった。いつも焦り、いつも追われていて、いつも不安だった。とっても生きづらいと感じていた。

今のわたしは使命とか役割はあってもなくてもどっちでもいいと思っているけど、もしもあるとしたら、自分自身をしあわせにすること。「生きててうれしい!最高だぜ!OhYeah!」とわたしのすべてで感じながら生きるということだけだ。
意味なんかいらない。どまんかから湧き上がって、全わたしがどっひゃーーーとよろこびを感じるかどうかだけが大切なのだ。

不思議なもので、わたしは「自分のしあわせのため」だけに生きるようになってから、独りぼっちの感覚が消え去った。
孫悟空みたいに、人類を救うために戦っていないけれど「このわたしをひたすらに生きてやるーー!」という想いは、世界中、宇宙中に響き渡る。そして「いいぞいいぞー!」とたくさんの力が集まって感覚があるんだ。毎瞬、その「元気玉」を爆発させながら生きていく。

わたしはわたしを生きます。そして、あなたがあなたを生きている今の尊さを感じ、いつも胸の奥がふるえます。
あなたがあなた自身を生きること。宇宙はそれを「愛」と呼ぶんじゃないか!!


こんなことを書いていたら、たまらなく花火が恋しくなってきたぞ...!
今年はどこかで見れるのかな、どうなんだろう...わかんないけど、毎日毎日、自分のどまんなかからでっかい花火を打ち上げたい。どどーーーんと、心臓に響くでっかい音を立てて、この広い世界に「自分」を、この想いを打ち上げろ!!!


ここまで書いたあとに、テレビの生放送でサンボマスターがどでかい花火を打ち上げてくれた。もーう信じらんなーーい!
ありがとう...!あまりのことに日記全部書き直そうかと思ったけど、今日のわたしをこのまま打ち上げるね!

 

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ!!!

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