LoveRocks

愛がロックする日々。感じたこと、思ったことを綴る。

引きこもりの日々に想う、叫ぶ

自宅待機、9日目。

仕事をしていない日々で、自分の力とか体力を使い切ることは、なかなかに難しい。
今回ステイホームを経験した人は、そのことに対して悶々とした思いを味わったのではないかと思う。
ジョギングとかエクササイズとかの鍛える系とは別のもの。
「今、自分の中にあるものを、まわりに向かって最大限に生かしたい!」みたいな願いだ。
天下一のナマケモノと思っていた自分に、そのような健全な願いがあるとは・・・意外だ!
引きこもりを極めることも捨てたものではない。まだまだ知らない面が、自分の中にたくさんあることを思うとワクワクする!

わたしは「働く」ということそのものに、憧れに近い想いがあった。
働いている人自体をかっこいいと思っていたし、「朝から晩まで汗水流して働いて、俺は一体なんのために働いているのか?社会の歯車にはなりたくねえ!」などと思うことすら、超かっこいいと思っていた。
なぜなら自分には、お金とか生活のため、または将来や目標、夢や野心のために「働く」ということが、どーにもこーもできないという、甲斐性なしの自覚があったからだ。

上にあげた以外に「働く」動機があるとしたら「面白さ」と「かっこよさ」ではないかと思う。
わたしはそれら採用していたが、この二点は気分や天候によってコロコロと日替わりするため、突然やってくる「なんかもう飽きちゃった」という衝動に簡単に打ち負かされてしまうのだ。結果、仕事を転々としていた長い歴史がある。まー、今もそんなに変わらないのだけど。

今のわたしは「働く」ということを、どんなふうに考えているんだろう。

最初に思い浮かぶのは「つまらなさ、大変さ、退屈さ」の三要素をウェルカム!と思っていることだ。
そんなことをがっつりと体験できるのは仕事以外になかなかないので、ぜひ体験してみたいと思っている。
「楽しさ、面白さ、かっこよさ」を求めていた頃は持久力のかけらもなかったけど、今の方が圧倒的にタフだと思う。
そして「楽しさ&面白さ」を、それを求めていた時よりもたしかに感じることができている。

仕事に対して考え方は、人生に対してのそれと同じなんだろうなーと思う。
「どう仕事をするか」と「どう生きるか」はイコールだし、その内容は「自分をどう扱っているか」がそのまま反映されているように思える。自分をどう思っているか知りたければ、自分の仕事をどう思っているかを観てみるのも面白いかも知れないと思った。

わたしは「生きていること」その「プロセス」そのものが好きだ。
仕事を通して、自分が体験することひとつひとつに、ただ「体験できてよかったね!」と思っている。
どんな仕事を選ぶかは重要じゃないと思っている。ただ「しっくり」きているかどうか、その感覚を大切にしたいと思う。

もうね、色々書いてみたけど、要は、もう、仕事が、街の空気が、自然の匂いが、恋しくてたまらーーーん!
今日は心の底からそう感じているぞーーーー、うおーーーー!!

 

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